まごころ基金の交付式に出席する。
まごころ基金助成事業の交付式に出席する。
式は、一時間。
まあ仕方ないとは思うけど、
やっぱり、シンドイ。
今日は、たまたま雨で山仕事もなかったから
ラッキーであった。
あれば、収入を削っての出席になる。
もちろん、往復の交通費は一切出ない。
事務局のつらいところである。
好きでやってるんだからね。
嫁さんに言わせると「道楽」である。
世のため、人のためになんて、これっぽっちも
思ってやっていない。
だから、愚痴なんて言っちゃ、罰あたるよね。












以前お話ししたと思いますが、
若狭の水に関わるいろんなお話を
いろんな人からお聞きする講座を
始めました。
始めたのは、森んこでは無くって、
わかさWAKKAフォーラム・どんぶらこ実行委員会です。
私もその一員です。
今回は「川漁師のアユ自慢・川自慢」と題して
アユがテーマです。
聞き手は、福井県立大学のT 先生と
小浜水産高校のK先生。
3人の語り部さんに、それぞれのアユ漁の事や
川との付き合いのお話をしてもらいました。

三人三様。実にいい。たのしい。面白い。
活き活きとしたお話に、つい、聞き惚れてしまいました。
皆さんの手振り、身振り、語り調が
実に素直で、自然なんです。
お聞きしているうちに、
この先輩たちの人間味の豊かさは、
どこからくるんだろう。
これから、こんなに楽しく
年を重ねられるだろうか。
うらやましくも、
すこし、心配にもなりました。
自然の豊かさは、
こうも、人を豊かに育てるのか。
アユの習性や生態の面白さ以上に、
このアユに、魅了された人々の
魅力にすっかり、ハマってしまいました。
自然の豊かさは、人の生き方も豊かにする。
この事を、つくづく実感したひとときでした。
※天然アユと養殖アユの食べ比べもありました。

自然にやさしく。
その表現は、良く分かるんです。
でもね。
それだけだと、ちょっと、
寂しくなるんですよ。
誤解してる人いないかなあ。
いないよな。
自然を擬人化するのは、
いいけど。
すぎると、よくないかも。
人ではない世界を感じる事も、
大切ですね。
森で癒される人っているんですね。
正直、私は、森が怖いです。
いろんな活動をするには、やっぱり、
カネがいります。
一人でやっている時には、
想像もしなかった事の一つに、
この社会には、補助金や助成金制度があるって、
事を知ったんです。
営利を目的としない活動に、公益性があるとして、
「公」が資金援助をしてくれる。
はじめは、非常に違和感があり、なんで、カネがもらえるのか
分からなかったんですね。
活動を続けているうちに、いろんな人や機関から、
補助金や助成金の制度を紹介されるようになってきました。
現に、今回の里山復交計画では、おおい町から
「都市農村交流モデル集落育成事業」として助成金を
いただいている。
森んこキャンプや竹スキーだは、「子どもゆめ基金」から
助成をいただいている。
その他に、林研グループとして町と県から、
放課後こどもプランから事業に対して、
補助をいただいている。
活動費の少ない私たちにとっては、ありがたい
支援なんです。
今回動き出した「老左近里山プロジェクト」では、
いままでにない、大きなカネが動きます。
で、あっちこっち、いただけるような支援金は、
ないかと、いろんな団体や機関をネットなんかで、
探したり、実際に、応募もしたししたんです。
でも、書類を作っている時になんだか、とっても、
違和感が出てきたんです。どうも、なんて言うのか、
空虚さを感じるんですね。
この姿勢は、あまり良くないやないかなあ。
私たちのやっている事は、公益性があるかないかは、
他人が判断するもんだよ。
あまり、自分たちの活動を、公正化すると、
偽善陥りやすい状況を作ってしまうんやないか。
善意や正義ほど、危ないものはない。
私たちは、あくまで、「自分たちがやりたいからやる」の
精神で貫いた方がいいやないか。
「世のため人のため」では、自由でなくなる。
もちろん、自由である事は、責任もある。
たんなる、我がままや傍若無人であってはならない。
この自由は、あの自由を奪う権利はない。
あの自由を奪って、この自由はあり得ない。
どこまでも、自由であるべきやと思います。
そうでないと「楽力」は、養えない。
補助金や助成金制度は、ありがたい制度です。
それは、間違いない。
しかし、その使い方を謝ると、危ない。
いつしか、自由を失ってしまいかねない。
7月31日、
小浜のはまかぜ通りの商店街の
夏祭りイベントに、
石と板を使った
ペインティングで、出店。
はまかぜ通りのお祭りは、
露天商の人たちも、大勢並ぶ
本格的な夏祭りイベント。
いつもとは、雰囲気が違って、
ちょっと、ビックリ。
時間があったので、露天商の
店開きをはじめから見ていました。
さすが、慣れたもんです。
簡単な台と、支え棒と突っ張りで、
サッサーと、枠組みが完成。
ネットや、フックとうまく使って、
商品を飾り付けて、出店の完成です。
約30分かな。
オバアちゃんが、店番。
とこどき、むすこさんだかが来て、
なにやかやと、指示をしていく。
これは、もっと前に出して、
今売れてるからとか、
こいつは、もう少し後から。
このポスターは、ここやろ。
で、これまず配るんやで、
バアちゃん頼むで。しっかりやってや。
まあ、プロですよね。
生活かかってんですからね。
で、こっちは、まあ、どうなる事やら。
この雰囲気の中で、お客(無料なんで、参加者かな)
は、来てくれるんだろうか。
2時から開始。
会場のアナウンサーが、
石で書く絵画教室の開催です。
いろんな楽しい絵を描いてくださいね。
なんて、広報をしてくれる。
と、どうでしょうか。次々と
子どもたちが集まってきて、
大忙し。用意した2台の長机と
6脚のイスでは足りなくなって、
机とイスを急きょ追加。



3時半まで、大盛況でした。
無料という事もあるでしょうが、
子どもも大人も、楽しんで、
「石ころの絵画教室」に参加くださいました。
夏らしい、とても、いい作品が
いっぱい出来て、
よかった、よかった。

4時の閉店まで、座る事もできない
繁盛ぶりでした。
応援にきてくれたMさんどうも、
ありがとう。お疲れさまでした。
去年9月9日付の投稿で、
川の昔話のことを書きました。
その話は、面白いってことから、
ひょんなことで、
若狭水紀行「どんぶらこ」の企画として、
講座になりました。
この企画は、わかさWAKKAフォーラム・どんぶらこ実行委員会が、
主催する講座です。
chichigoyaのブログにも、書きました。
こっちを読んでみてください。
(ちょっと、今日は、手ぬきです。すみません。)
半年ぶりに、大阪に帰る。
人、人、人。
桜見の頃だからかも、
以前よりも、実家の周りに人が多くなったような
気がする。
日曜日に、子どもらと、何年かぶりで、
日本橋の電器屋街に出かける。
ずいぶんと、様変わりしていた。
うーーん。十年ぶりかなあ。
ビックリは、電器屋よりも、
ゲームソフトやオタク屋が増えたこと。
息子たちは、ガンプラ専門店もあって、
大感動。
秋葉原の様子を、テレビで見た事があるけど、
まさに、日本橋も、アキハバラ化してる。
でも、これまた、時間を忘れるくらいに、
夢中になるものがあるんですね。
25万円の値がついて「ナメゴン」の
ビニール怪獣を見つけたときは、
何となく、うれしくなったりする。
うーーーん。不思議な世界です。
大都会を満喫した子どもたち。
一泊して、帰路、若狭の山々が見えてきたら、
長男が、
「田舎に帰ってきたー!!
山が、見えるぞー!!」と叫ぶ。
将来、子どもたちは、分からないけど、
私は、もう絶対に町では、暮らせない。
その思いを、いつも、実家に帰る旅に、再確認する。
持って生まれた才能というのが
あるのと思う。
それとも、天性というか、
あるいは、気質というか。
まあ、私が、持って生まれた天性は、
グータラでしょうね。
自分でも、どうして?と思うほど、
ナマケモンなんですね。
整理整頓が出来ない。時間管理が出来ない。
寝るのが大好き。クダラナイ無駄話が大好き。
そのくせ、行き当たりばったりの
計画性のない事をして、時間を無駄にする。
ああ、どうしてなんでしょうね。
特に、整理整頓と時間管理が出来ない。
ナマケモノのグータラでも、できる方法を
知りませんかね。
チェーンソーカービングで、初めて、
全く単独で、作品を作る。
悪戦して、3時間での作品である。
まだまだ、完成度は、低いけど、
初めての、自作にしては、まあまあかな。

ようやく、山の雪も溶けて、
山仕事を再開する。
長い冬休みだった。
この間、失業というのも、
不思議な時間である。
初日は、さすがに、体がおもい。
足がおもい。運動不足が、
おなか周りにどっかりと
脂肪を蓄えてくれている。
でも、いいなあ。体を動かして、
仕事をするって。
空気もうまいし、充実の時間。
やっぱり、山仕事が好きなんだなあ。
長男は、恐竜が好きだ。
幸いに、福井県には、世界水準の
「福井県立恐竜博物館」がある。
県内にあると言っても、ここからは、
車で、片道3時間はかかる。
それでも、開館してずっと、
一年に一回は、訪れる。
今回は、国際シンポジウムがあると知り、
内容が分からなくても、雰囲気だけでも、
味わいたいと、長男と二人で行く。
世界の最先端の学者が、15分間の間に、
次々と研究発表を行う。
今回は、アジアの恐竜研究最前線
という副題の通り、
中国・韓国・ロシア・日本の
研究者の発表がある。

同時通訳のイヤホンをして、なかなかの国際である。
もちろん、内容は、さっぱりのチンプンカンプンである。
息子は、もっとチンプンカンプンである。
でも、それで満足。とっても、アカデミックでした。
外は、快晴です。
「春だ。どうだ春だぞ」って言う感じの天気です。
でも、私は、決算書や報告書、それに
いろいろとたまった書類の整理ばかりの日々です。
毎日、パソコンの前に座って、
慣れない書類整理をカリカリして、やってます。
悲しい。
完全にストレスたまってます。

来年は、ささっと出来るように、
毎日コツコツ整理しておこうっと!!!
て、去年も思ってたよな。
昨日に続き取材を受ける。
といっても、今日は、名田庄のあちこちを、
案内した。というよりも、私の強引につき
あってもらったようなもの。

取材の条件に、名田庄を紹介してもらう、
というのを承諾してもらっていた。
川上から、川下へ、歴史や風土のことを
あれこれ話しながら、案内をする。
記者のAさんの、嫌な顔せず、つきあってくれた。
予定していた時間を2時間もオーバーしてしまった。
本当に、付き合いのいい人である。
いったいどんな記事になるのか、興味津々である。
Aさん、本当にご苦労様でした。
13.14日と「iju info」という雑誌の
取材を受ける。
この雑誌には、以前森林楽校・森んこの活動について
の記事を掲載していただいた事がある。
今回は、私が、なんで、山村に引っ越してきて、
山仕事をするようになったか。そして、10年経った今、
どんな生活をしているかを、ドキュメンタリー!?タッチで
記事にするとここと。
この地の宣伝もしてくれるという条件で、取材をして
いただきました。
訪れた記者さんは、以前林業交流会で同行取材をされていた
丸井工文社のAさん。
久しぶりの再会です。
13日は、2時に待ち合わせて、事務所で3時間もお話を
しました。小学校のガキンチョのころから、この地に来るまでのことが
前半。後半は、この地での生活のことのあれこれ。
昔を思い出しながら、話していると、自分でも、
気がつかなかったことがらがあったり、偶然があったり、
妙な因果があったり、
ちょっと、不思議な時間が流れていました。
それでも、Aさんは、よくもクダラナイ
よもやま話を、辛抱強く聞いてくれました。
その日の晩は、いつもの行きつけの店で、
森んこの仲間数人と、鍋で一杯。
遅くまで、おつきあいいただきました。
今年もよろしくお願いいたします。

今年も、いろんな事が起こりそうな予感。
いろんな人といろんな出会いが待っているでしょう。
楽しみ、楽しみ!!
今年の、テーマは、「コミュニケーション」。
キーワードは、「聞く」。
ネズミ年にちなんで、でっかい耳で聞いて、ちょこちょこ
と、こまめに動きますよ。
今年は、山にも全く雪がない。
でも、今日で今シーズンの山仕事は終わり。
私は、来年の春まで、失業となります。
他の作業班の人たちは、この間、
失業手当の申請をする。
でも、生憎、私は、就業日数が足らないとの
ことで、失業手当の申請ができならしい。
で、この3ヶ月ほどは、無収入ということになる。
厳しいなあ。
でも、本人は、いたって暢気である。
まあ、何とかなるでしょう。
ホンマかいな。
役場から、テレビの番組に出てほしいとの依頼があった。
旅の番組で、福井県の各地を紹介するとの事である。
おおい町も紹介されるとの事。
どんなテーマなのかは、よくわからないんのだが、
芸能人が各地の、名物や美味しい物の紹介をしながら、
今回は、いろんな体験もするとの事。
で、何故か、名田庄は、私に丸太のクラフト体験を
指導してほしいとの事。まあ、いつものように、気軽に
引き受けました嬉しい顔。
番組のタイトルは、
「前田耕陽の〜男ひとり旅〜in FUKUI」(仮題)
といって、冬の福井(嶺北から嶺南へ)
前田耕陽が見所をたずねて
いい出会い求めて、旨いもの訪ねて自由に
旅するという物らしい。
あいにく、私は、前田耕陽さんを全く知らない。
もうし分けない。でも、
芸能オンチなんで、しかたないがっかりした顔。
旅番組って、こんな風に撮るんだ。
カメラマンやスタッフの人が、10人くらいで
バタバタとやって来て、さっと打ち合わせして
とっとと撮ってしまう。
前田さんは、さすがにプロで、カメラがまわったら、
パッと、テンションが上がって、撮影用になる。
私は、ただただ、雰囲気に流されて、
よくわからないうちに撮影は終わった。
1時間番組らしい。でも、私のシーンは、
一瞬に終わってしまうか、
編集段階で、無くなってしまうかもしれない。
まあ、いろんな経験ができて、ありがたい。
バタバタしているうちにもう11月も中旬だ、
紅葉も真っ盛りだなあ。
そういえば、このブログも、ちょっとサボっているなあと
久しぶりに開けてみるとなんと、なんと、もう
2ヶ月も書いていないじゃないか。
ビックリ。編集者さん申し訳ありません。
月日が立つのは、早い。早すぎる。追いつかない。
なんて、思っていたら、
雪が降ってきて、ビックリ。
さらに、昨日から、テレビの取材を受けていて、
これまた、ビックリ。
今年は、思いもよらない事が、いろいろと起こります。
ほんと、この世はおもしろい。
自然体験活動をしていると思っている。
一応、森林楽校・森んこの代表でもある。
でも、虫の名前や植物の名前もほとんど知らない。
釣りもしないし、海にも潜らない、スキーも山登りもしない。
この「業界」にいて、ちょっと、珍しい存在だと思う。
もちろん、教育者でもない。知識もないし、経験もそうない。
ただ、好きで、遊んでいるだけ。
向上心があまり無い。勉強嫌い。怠け者。いいかげん。
本当に、こんな事で良いんだろうかと思うときもある。
幸いに、森んこの他のスタッフがいろいろと物知りで、
まじめなので、何とかなっている。
時々、新聞なんかで、森林楽校・森んこの代表として、
私の名前が出たりするけど、あれは、まったく、
他のスタッフの活躍のおかげなんです。
このブログを読んでみても、よくわかると思うんですが、
私は、実に、くだらない事ばかり書き込んでいるんですね。
それに引き換え、新聞や雑誌、テレビなんかで
(このブログを書いておられる方々も)
いろいろと活躍している人たちの、なんと素晴らしいことか。
草木や生き物の名前も、たくさん知っておられる。
スキーや登山は、もちろん、スキューバーや釣り名人。
農業や水産業の経験豊富な方、
20年30年と、自然の中で、生活して
いる人々が、りっぱにリーダーとして、活動しておられる。
資格というほどの資格もほとんどない。
もう少し、シッカリとしないと駄目なんだろうなあ。
と思うときもある。
でも、きっと、そんな立派な事は、
生来の怠け者には、出来る訳が無いと思っている。
不安もある。でも、あんまり頑張って無理をしても
自分らしくなって、不自然だと思う。
そういう意味では、いたって、「自然体験活動」であるなあ。
ああ、またクッダラないこと書いちゃった。
福井市の清水東公民館の依頼で、
「山のお話」をしてきました。
山のお話と言っても、私は、森んこの活動を
報告してきただけです。

このような依頼があると、できる限り引き受けるように
しています。それは、二つの理由があります。
一つは、できるだけ多くの場所で、できるだけ多くの人に
森林楽校・森んこの活動を通じて
山や森林や林業の話をしたいという思いから。
我が身を省みず、偉そうな事も言います。
身に余る場所でも、恥を覚悟でお話しします。
もう一つの理由は、極めて個人的な事です。
人前で話すと、自分自身の行動や考え方が
整理できるからです。とても、良い勉強になります。
今回も、とても、私が出てきて話をするような
場所ではなかったかもしれません。聴講されている方々は、
大先輩ばかり、しかも、私の前に話をされた方は、
森林組合の偉いさんです。
「こんな奴も福井で山の事を考えながら、
ワイワイと、活動しているという事だけでも、
知ってもらえればと思い、ここにこうして立たさせて
いただきます・・・・・。」と話し始めます。
講演会の後は、以前は、何となく、
気まずいような、反省する事もたくさんありました。
くよくよ、考えこんだこともありました。
でも、最近は、あまり、くよくよ思わなくなりました。
お話は、私以上でも、私以下でもありません。
私そのままを、お話しするだけです。
出来不出来を考えないと、とても、気楽になります。
これからも、どんどん、いろんな人の前で、話をしていくと
思います。
骨折をして、2ヶ月半を過ぎる。
そろそろ、仕事の復帰を準備しないと、
この時間の流れに、染まってしまいそうな
危機感を覚えだしてきた。
で、組合にお願いして、休耕田の草刈りの仕事を
まわしてもらう。
暑い。さすがに、2日間は、体もきつい。
でも、あえて、やや、強引に仕事を進めた。
休耕田は、草でぼうぼう。

刈り終わるとこうなります。

休憩時間も、最短にした。朝7時から、夕方6時前まで、
昼休み1時間半をとって、ビッチリ草刈りをした。
平坦な場所なので、足もとは、大丈夫。
どぼどぼに汗が出る。夜は、体中が痛くて、
熱っぽくて、寝付かれない。でも、この仕事を
10年やっているおかげか、予想していたよりも、
回復は、早かった。3日目で、体がやや慣れてきた。
8月1・2・3日の昼間は、仕事。さすがに、
その3日間は、帰宅後は、バタンキュー。
4日は、土曜で草刈りの仕事は、お休み。
5日の「名水祭り」の森林体験のプログラムづくりや
資料や「ストーンペインティング」の準備で、バタバタ。
さらに、名水祭りが終わってから、その日の夜は、新しい企画の
話し合いの為の資料整理と7日の「山の話」の報告の準備をする。
しかも、6日の夜は、森んこの事務所で、
「体験教室」の打ち合わせ会議がある。掃除をしておかないと、
事務所と言っても、倉庫兼用なので、もうめちゃくちゃ。
ああ、やっぱり、忙しいものだ。
「荘子」(内篇 第六 大宗師篇)こんな文章がある。
「天が営む自然のはたらきを知るとは、
自然のままに生きることである。
人間の営みの正しいありかたを知るとは、
人知の及ぶ限界を守ることによって、
人知の及ばない自然の大きなはたらきを
養うということである。」
(『荘子1』森 三樹三郎 訳
中央公論新社 2001年発行)改行はchichi
訳者の森氏の注釈にこうある
「人間の心のはたらき、すなわち知は、
無数の意識されない自然のはたらきに
よって、その根底を支えられている。
たとえば、多くの内蔵の無意識のはたらき
がなければ、心のはたらきもありえないであろう。
われわれは人知の万能を信ずる
あまり、それを支えている自然のはたらきを
害するようなことがあってはならない。」
2300年も前に書かれ、今もなお読み継がれている
「荘子」に、出会えたことに感謝する。
予期しない生活を強いられると、
予期しない事に興味がわくもので、
突然、老子や荘子を読んでみたくなった。
もちろん、老荘思想とか、道教とかいう
言葉は、聞いて知っていた。けど、
その内容は、全く知らない。
じゃあ、なんで、こんな時に、
老荘なんだというと、ただ、なんとなくとしか
言いようが無い。
で、何冊か図書館で、借りて来て読んでみた。
よく分かんない。うーんと唸るだけ。
自然のまま、「無為」が「道」?で、
なにも、しない事が、最上の事?
う、違う。え、何が? お、え、へえ。
時間に任せて、何冊か読んでみたけど、
結局何も、分からなかった。でも、
何も分からないので良いという事でもあるみたい。
じゃあ、それでいいやんって、事のなる。
いろんな事を考える人がいるもんだ、ということは、
良くわかった。
般若心経を読んで「空」という考え方が
あるのを知った時も、面白い事を思いつくもんだと思った。
それから、何年も「空」を気にしていたら、
なんと、「そうか。そういう事か。」って、思う時が
あるようになった。もちろん、うまく説明できないけど、
なるほどねえ。こう思うのが「空」って、事かなあ。なんて、
ひとり合点する時がある。
老子の「道」とか「無為」とか言うのも、
「空」に似ているような事が書いてある。
でも、何か違うような感じもする。
とっても、不思議な感覚に包まれる。
人の頭のなかって、ほんとに不思議だと思う。
骨を折らないと、こんな時期にこんな思いには、
出会わなかったと思う。
骨折して、寝っころがりながら、こんな事を考えた。
困難な仕事やなんかをする時に「骨が折れる」と言いますよね。
いったい、どういう感覚で、昔の人は、この言葉を
生み出したんかなあと思ったんです。
骨が折れるほどの、危なく困難な仕事ですよ。
痛いんですよ。
実際、骨折れちゃったら、仕事できませんよ。
これは、大困難ですよ。
この言葉が成り立つ社会って
どんな世の中だったんでしょうね。
それに、どんな言語感覚の社会だったんでしょうね。
肉体と精神が、どっかりとくっついた時代でしょうね。
しかも、どぎつい表現ですよね。
それとも、骨が折がおれるというのと、骨折というのは、
またく違う、次元で生まれたんでしょうか。
だとすると、どんな時代か余計に気になる。
で、ネットで調べたら、
こんな記事がすぐ目に飛び込んできました。
大丈夫か日本語:
「骨が折れる仕事」は「骨折する仕事」 中学生レベルの大学生
「骨が折れる仕事は嫌です」という文章を指さし
「『骨折する仕事』が嫌なのは当たり前」と話す女子学生。
早期の英語教育の必要性を指摘する声が少なくないが、
母語である“日本語が通じない現実”を深刻に受け止めた方が
よいかもしれない。
考えようですが。ひょっとすると、この女子大生の方が、
これからの時代楽しく生きていくんじゃないかなあ。
それに、女の人の方が、言葉には、敏感ですよね。
いま、私たちが使っている話し言葉と書き言葉は、
多分に、女性の影響力が大きいように思うんです。
と同時に、「大丈夫か日本語」という記事を
書いた人に聞きたいですよね。どうしてこんな言葉できたと思うって。
きっと、その人は、きちんと答えられるんでしょうね。
そうじゃないと、こんな記事書けないですもんね。
それに、なんで、これ問題と英語教育の問題が一緒になるのかも
よくわからない。
話がそれちゃいました。
もどしますね。で、どう思います。
「骨が折れる」って、表現をいつ頃、誰が使いだしたか。
知っている人があれば、教えてください。
ほんと、骨を折って、いろんな事考えます。
「いい機会だと思って、休みなさい」
なんて、言ってくれる人がおおい。
「これで、一回り人間が大きくなるよ」
と言ってくれる友人もいる。
「いい話のネタができていいよなあ」
という仲間もいる。
不便である。
しかも、右足だけが不自由だ。
体は、元気である。
このバランスの悪さは、
極めて不健康である。
体の負傷よりも、
気持ちの負傷が尾をひく。
後悔もする。悔いもする。
ため息もでる。
諦めもある。
気持ちの整理を一生懸命にしている。
周りが言うように、予期しない時間は、
貴重だ。
いろんな事を考える。
いい機会だと思う。でも、
やっぱり、決して、いい時間ではない。
木が右足の甲に直撃。
打撲だけだと思っていたら、
骨が折れてました。
「右第二中足骨」の骨折。
レントゲン写真を見せてもらったら、
ほんと、きれいにポキンと折れてました。
レントゲン写真を見ながら、
へー、こんなふうに写るんだと
自分の足で起こっているとは、
信じがたいものでした。
今まで、骨折なんて経験が無いので、
どういう事が、我が身に起こっているにか、
理解できませんでした。
ただ、痛かったのは、痛かった。
今は、嘘のように痛さは、おさまっています。
月曜日に、大きな病院で再検査です。
いったいどうなるんだ。
どうにか、こうにか、
オープンしました。といっても、
まだまだ、内容がありません。
ぼちぼちと、充実しく予定です。
今回は、更新しやすいように、
シンプルに作りました。
あっちも、こっちも、
書き込みで忙しいんですが、
言いたい事や、伝えたい事が山ほどある。
質より、量でいこうと思います。
森林楽校・森んこの活動をしていると、
よく、保護運動の事を尋ねられます。
でも、いつも、困ってしまいます。
どうも、私は、自然保護運動なるものの
本質がよくわからないんです。
もちろん、自然が人間社会の一方的な
都合で、エゴで、バランスを失ってしまっている事は、
不都合な事とわかっています。
学生の頃、テレビでこんなシーンをみました。
何処の国の人かよくわかりません。
中央アジアだったと思います。
小さな集落に、鉄砲の名人がいるというので、
その小さな爺さんの猟に同行する事になりました。
爺さんは、数日かかって、草原で獲物を探します。
ようやく獲物が見つかりました。
鹿のような動物だったように思います。
ゆっくりと時間をかけて獲物に近づきます。
銃は、とても旧式で至近距離でした獲物をしとめられません。
ほふく前進で、気長に近づきます。
慎重に狙いを定めて、バーン。
獲物は、ものすごい勢いで逃げていきました。
爺さんは、そうがっかりした様子もなく、
今日は、神様が駄目だと言う事だという内容の
事を、ちょっと照れたように取材スタッフにつぶやきました。
この銃は、時々狂うからなあとも言いました。
ナレーションが、この老人は、まるまる一日かけて、
家に歩いて帰ったという。
その番組を見て、私は、こんな人もこの地球に住んでいるんだ。
この老人も、文明人である。銃を持っている。
できれば、たくさんの獲物を獲りたいだろう。
でも、そんな生活をしていない。
経済環境がそうさせないのかもしれない。
彼が貧しいかどうか、幸せか不幸せか、
私には、到底、判断できない。
核戦争の予感を持ちながら、
米ソが冷戦を繰り返している時代でした。
文明社会の恩恵ににどっぷりと浸かって生活している
私たちが、何処かで、地球を我がもののように考え、
まるで自分たちだけが地球を将来を左右しているような
錯覚を持ってしまっている。
この老人を核戦争に巻き込む権利や資格は、
私たちには、絶対にない。
そのときそう思った。
でも、私は、日本で生活をしている。
それは、もうどうしようもない事で、
電気や水道を当たり前のように使ってる。
朝昼晩の食事もごく日常の事である。
贅沢なのか。この生活が良くないのか。
便利で、安全で安心な安定した生活を
捨てる事が好いのか。
自然保護って何だろう。自然を保護するって言う
表現に、文明社会人の高慢さが伺えるんじゃないか。
じゃあ、原始の生活に戻れば好いのか。
原子力を捨てるだけで好いんだろうか。
人間は、特別な生き物なんだろうか。
神の存在を何処かで、感じている人間と言う動物は、
この星には、不要な生き物なのか。
地球の自然環境が人の生活に悪い影響を及ぼして来た。
これは、不都合な事だ、なんとかしないと行けない。
もし、この考えで、自然保護を訴えていたらこれは、
人の生活に都合が、優先する。
では、人の生活に不都合だけど、自然環境にいいからと言って、
文明社会の建設をやめてしまっていいんだろうか。
安全、安心、安定した生活を捨てれるだろうか。
すべてを自然に任せる生き方が、神を知った人の生活だろうか。
学生からの疑問は、今も続いている。
全国林業改良普及協会(全林協)という協会があります。
実は、このブログを、
管理運営しているのが、全林協なんですがね。
この協会には、このブログをはじめ、
いろいろとお世話になっているんです。
で、この協会が発行している月刊紙に
「林業新知識」という雑誌があるんです。
林業や森林の情報をコンパクトに、分かりやすく
紹介している雑誌なんです。
一般の人も読んで楽しい情報誌なんですね。
もし、興味がある方は、是非一読をお勧めします。
その「林業新知識」の表紙は、全国各地で
いろいろと林業や森林の分野で活躍しておられる
人たちの似顔絵のイラストでデザインされているんです。
何と、今回の私の取材は、この表紙なんです。
ビックリ。仰天でしょう。
なんで、わたしなの!?
もう、何度もそういう状況に遭遇していますが、
今回は、あらためて、なんで? なんです。
きっと、取材しても、ああこりゃだめだ、
って、ボツになるかもね。
なんて、おもってたんですね。
でも、本当に7月号の表紙に私の
イラストがのるようなんです。
取材は、このイラストを描かれるNさんという方が
直接取材をしにこられたんですね。お一人で。
Nさんとは、もちろん初対面。
Nさんは、さすがにクリエイターな方で、
雰囲気もなかなかイラストレイターなんですね。
いままで、取材をしてくださった記者さんたちとは、
また、違う雰囲気なんですね。
それにほぼ同じ年ということもあって、
実に、ザックバランな取材になったんです。
このムラに泊まるという事だったんで、
それじゃという事で、ささやかに一杯やる事に
なったんです。
さっそく、来れる森んこのメンバーに連絡して、
Nさん、私とメンバー3人の5人で、
ムラにあるちっちゃな居酒屋で、呑んだんです。
森んこを通じて、いろんな人と出会う事ができます。
これは、本当にうれしい事です。
なんだかんだで、午前1時まで呑んだんですね。
好い時間を過ごせました。
Nさんも、その日は、東京から来たのにも関わらず、
よくぞ、おつきあいしていただきました。
おおきに。
またいつか何処かで、再会できる事を楽しみにしています。
イラスト楽しみに待ってます。
4月から、新しい生活がスタートしました。
長男は、今年から中学校。
次男も、今年で小学校です。
その親父は、森林組合の現業職員を退職して、
一般作業班に再就職しました。
現業は、森林組合の職員です。
だから、職業は「団体職員」。
で、月給で、賞与もあるし、いわゆるサラリーマンと同じ
待遇です。
一般作業班は、基本的には、歩合です。
森林組合と年間契約をして、出来高で収入を得ます。
しっかり仕事をしないと、収入は、減ります。
病気や怪我をして、仕事ができなくなると、
たちまち無収入です。
収入も自分で管理責任があります。
機械や燃料も自分もちです。
車がつぶれたら、山仕事には、行けません。
リスクは、大きいです。
その分、ある程度自由な仕事配分ができます。
森んこや自然体験活動をしていると、どうしても、
平日も有給休暇や代休を使って、
現場を離れないといけなくなってきました。
一応、班長をしていたので、いろいろと、不都合が
生じていました。
精神的にも、肉体的にも、限界が来ていたように思います。
で、思い切って、上司に相談をして、いろいろとあって、
一般作業班に再就職することに決定しました。
4月上旬は、ちょっと、以前の仕事の続きがあって、
先週まで、現業と同じ仕事をしていましたが、
それも、ひと段落着いてので、いよいよ、
新しい生活が始まります。
名田庄山村生活 第二章の始まりです。
何故こんなに慌ただしいのか、
よくわからないくらい忙しい月でした。
頭の中がコンガラガリながらの毎日でした。
ようやく、すべての行事や報告がすみました。
すべてが、初めての経験ばかりです。
ややストレスもたまって来たようです。
そろそろ、一息ついた方が好いようです。
初春の山をゆっくりと散策するゆとりが
必要ですね。
と思いきや、ここ数日の間に、いろんな書類が
郵送されてきました。
ますます、自己管理と痛感しています。
「7つの習慣」を実践する絶好の機会です。
なかなか書き込みができないで、申し訳ありません。
ものすごい勢いで、いろんな事が起こっていて、
ブログを書く余裕がありません。
申し訳ありません。
3月中旬以降になると、すこし余裕ができると
思います。その時に、まとめて書き込みます。
よろしくお願いします。
2月に入って、
あっという間に17日です。
2月は、逃げるとは、よく言ったもんだ。
去年の事業報告や今年度の事業計画や
自分自身の4月からの身の振り方や、
いろんな依頼ごとや、
区やPTAの役員やら
なんやかんやで、
気の休まる日が無く、時間だけが、
どんどんとすぎていきます。
さすがに、疲労がたまって、
今日はさすがにダウン。
早起きができなかった。
体と胃が痛くて、起きたのは、8時半。
こんなに遅くまで寝ていたのは、久しぶり。
口内炎はできるし、舌は荒れるし、目はかすむし。
おまけに、早くも鼻炎も始まった。
月末までのスケジュールもびっしり。
今日は何が何でも、休養です。
健康第一!!!
突然、滋賀県多賀町の
役場のFさんという方から電話がありました。
私に、多賀町で話をしてほしいとの事。
伺えば、日にちは、2月25日の日曜日、
残念。その日は、森林楽校・森んこの活動日。
「竹スキーを作ろう」です。
その旨を伝えると、Fさん、
「そこをなんとか」と引き下がりません。
なんで、俺みたいなものにこれほど言ってくれるのだろう。
ありがたい事です。
翌日のミーティングで、スタッフに
その事を話して、竹スキーは、私なしでも
できるとの返事をいただきました。
さっそく、Fさんに依頼承諾の連絡をする。
それが、1月の20日頃。
ところが、今日、多賀町の
びわこ東部森林組合の参事である
Mさんという方が、突然名田庄森林組合に
おいでになって、2月25日は、
お世話になりますと挨拶にこられた。
ビックリです。
たまたま、その日は、仕事の段取りで、
山から下りて来て事務所で昼休みをしていたので、
Mさんとお会いできました。
お話を伺うと、多賀町も80パーセント以上
山に囲まれた山村との事。
全国同じように新しい過疎(第一次産業従事者の減少)に
悩む山村。そこで、いろいろと
役場や農・林の組合が勉強会をつくって
施策を練っておられるとの事。
お話を聞いていると、またもや、
ちょっと、安請け合いをしてしまったかな。
たいそうな事になって来たぞ。
俺に勤まるか。
あまり期待もしていないと思うけど、
かといって、あんまり期待はずれだったら、
俺を招聘した人にも申し訳なしなあ。
前のNPOと団塊の世代の事もあるしなあ。
Mさんのお話を聞いているうちに、
チラチラそんな事が頭をよぎったんです。
でも、もう受けた以上は、覚悟を決めなくては。
まあ、ありのままをお話しするしかありません。
ええい、楽力だ!!
結果は、どうなる事でしょうか。
また、このプログで報告します。
2月になって、ぐっと冷え込みました。
1日の夜遅くから、降り出した雪は、
あっという間に、積もって、朝には、
20センチほどの積雪。
この冬一番の、積雪量です。
仕事は、急きょ休み。山では、仕事になりません。
雪は、昼間も降って、除雪車も出動です。
その日は、当番でなかったので、家で
資料の整理や事業計画なんか
ができました。
雪のおかげで、久しぶりに
ゆっくりと、考え事ができました。
2007年が始まる。
一年の計を考える。
今年は、真剣勝負である。
12月の初めから、今年の計を考えた。
朝早くおきて、何度も、繰り返し、
考え、考えに考えた。
素直に耳を澄ませて、
心の声を聞いた。
何度も、何度も、聞いた。
そうじゃないだろう。
それは、無理。現実的ではない。
夢ばっかり追いかけてどうする。
家族はどうする。収入はどうなる。
安定こそ最善だぞ。
苦労は、そういうもんじゃない。
シンドイだけだ。
もっと、大人になれ!
何度も、聞く。
いろんな、声が聞こえる。
そして、いつも、心の奥の奥のほうから、
最後には、この声が聞こえてくる。
「好きな事をやれ、あとは、南無阿弥陀仏」
こりゃどうする事も、できない。
正直に生きようとすると、この声が聞こえてくる。
諦めるしか無い。
思えば、24才(2回目)の年男から、
この声が聞こえてきた。半信半疑で、何となく
この声に従って来たような気がする。
進学。就職。転職。
挫折もあった、迷いは今もある。
しかし、今日の私は、この声に従ってきた
結果だと信じる。
自分に正直に生きる事が、自由に生きる事じゃないかと、
ようやく確信のような、光が見えて来た。
4回目の年男になっても、やっぱり、
この声に従うしか無いようだ。

除雪装置の穴掃除
森林組合と言っても、いろんな仕事をします。
田んぼの草刈りや、土手や国道の草刈りまでは、
まあ、なんとか森林組合でも、しそうな仕事なんですが、
家の引っ越しの手伝いや、側溝の泥掃除なんかまでなると、
ちょっと、森林組合とは、随分とかけ離れるような
気もします。
除雪作業は、雪が多い時に、山仕事ができない冬期の
仕事というのも、まあ、それなりに仕方ないと思うんですが、
どうも、それも、なんだろうね。という気がしてしまいます。
まして、今回のような仕事も、除雪作業の一貫と言えば、
そうなるんでしょうが、さすがに、ちょっとねえ。
と言いたくなりますよね。
で、いったい森林組合ってなんだと
ふと、疑問に思ったんですね。
地元の料理旅館の玄関先に
ぶら下げられた地元の山で獲れた
立派なイノシシ。
牡丹鍋になって、旅人の胃袋に
収まります。
ありがたい山の恵みです。
さーと、雪が降りましたよ。
この冬の、初雪。
山は、素早く舞台が、かわりましよ。
まだ、つもりはしないようだけど。
これから、山は、どんどんと、
冬に染まっていきます。
季節の移ろいは、いやでも、
無常観を感じさせますよね。
12月は、森林楽校・森んこの年度おわり月
今年度の決算と、来年度の予算の決定と、行事を
まとめる月。
総会は、忘年会付きで16日。
12月に入って、また、ばたばたの日々です。
今年を振り返ると、また、いろんな事が
ありましたね。去年には、考えもしなかった
事が、数々。今ちょっと、整理していて、
つくづく、そう思いますね。
また、整理できましたら、このブログで、
報告します。
名田庄の紅葉は、
年によって、その印象は、随分と違う。
くすんだような色合いのときもあれば、
瞬く間に、散ってしまう年もある。
今年の紅葉は、文句なし。
なんて、美しいんだろう。
じっと、山々を眺めていると、
目頭が熱くなるのを覚える。
この美しさは、
誰のためにあるんだろうかと、
おもう。
毎日、このようなすばらしい眺めを
楽しみながら、仕事場に行くなんて、
なんて、贅沢なんだろうか。
つくづくと、そう思わせる、
今年の紅葉である。


労働者が、労働できなくなると、
ものすごい不安を感じる。
特に、年を重ねると、なおさらだ。
相も変わらず、このギックリ腰は、
突然訪問してくれる。
3日間、寝たきりになった。
ようやく4日目に、なんとか歩くことが
できるようになった。
頭は、正常だ。多分。
本も読める。(結構つらいけど)
考えることもできる。
そうなると、やっぱり
これからのことを考える。
労働者では、先もないなあ。
気が弱くなるというよりも、
冷静になれるのかもしれない。
47才。いろいろと考えさせられる。
ギックリ腰は、神さんが与えてくれた
贈り物かもしれない。
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